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なっつかしぃ~っ [雑感]

こんな記事みつけました

当時自分は浪人中。

ふっる~いラジオがあって、勉強のドサクサから気を紛らわすため、ある日適当に周波数をかえていました。

おっ?谷村新司とばんばひろふみの声が聞こえた?

すぐにキュルキュル~っと聞こえなくなってしまいました。

新聞見ても東京や県外のラジオ番組なんて載ってなくて、どこのなんて番組だ?

とそれから毎日のようにその番組を探してみました。

何せ何となくつけたラジオですし、何曜日の何時頃、と言う記憶もだんだんと定かではなくなってしまいます。

数日後、ようやく大阪毎日放送(MBS)の"ヤングタウン"と言う番組だったことを突き止めました。

ちょうど年度末だったかな?各曜日でパーソナリティが入れ替わったり、アシスタントが替わったりしてました。

で、上記2人は金曜日になり、アシスタントとは岩崎良美から三田寛子に代わりました。

ぶったまげました。正直。彼女あそこまで天然だとは ...

いくら仙八先生に登場していたとは言え、アイドル歌手としての知名度はさほどなかったので、最初の頃はデビュー曲とかよくかけてもらってましたね。

そうそう、関西ですし、パーソナリティがこの2人だからリスナーからの葉書も下ネタっぽいのが多くて、曲名「駈けてきた処女(おとめ)」もいろいろ突っ込まれてました。

後年結婚して出産までしてちゃんと主婦業を出来るなんて信じられませんでした。当時の壊れっぷりは。

で、
ドラゴン作戦は、当時TBS系で放映されていたザ・ベストテンで大川栄作がたんすを担いだ事を持ち出され
(理由はなんだったかな?彼が昔たんす屋、もしくは家具屋に勤めていた?)、ばんばひろふみが新曲がベストテン入りしたら、彼も生放送中にたんすを担ぐ、みたいな話になり、
じゃあ組織票と言うか、リスナー・ファンが何とかベストテン入りさせよう!と始まったのがこのドラゴン作戦でした。
名称も確か葉書で募集して決めたんじゃなかったかな?

曲は何だっけ?「あの素晴しい愛をもう一度」?その後番組のタイトル曲も応募で選ばれ、彼がリリースすることになりました。う~んと「たそがれ物語」だったかな?

で、もう一人のパーソナリティである谷村新司が「二十二歳」を出した時がこのドラゴン作戦、一番盛り上がっていたような気がします。

ラジオ、有線へのリクエストはもちろん、ファンが集まってザ・ベストテンへのリクエストの葉書を投函する自主イベントみたいなものが各地で行われていました。
これは、土曜日だったか日曜日だったか集計の日直前に一斉に葉書を投函して順位アップを狙っていたためだと思います。
ハテ?集計に曜日なんて関係有るのかどうか知りませんが ...

で、今でも覚えている面白い告知がこれ。
今度の○曜日○○郵便局前に集合してください。
「サヨナラ」と書かれたシーツを巻きつけた人を目印に集まってください。
との事。
これは二十二歳の歌詞の最初に出てきます。

で、結局ベストテン入りはいつも難しかったんだけど、じゃあ年間ベストテンを目指そう、と言うことでがんばって、10位には入れなかったけど、19位だったか?
ライブ中継される事が出来ました。

昔のアリス全盛期を知っている人からすると、簡単にベストテン入りは出来ないんだなぁ、と実感した次第。
当時は年間ベストテンなんて10位以内に3曲くらい入っていたと思います。



ま、そんなノスタルジーを掻き立ててくれる記事でした。


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コメント 1

存在する音楽

TBどうも
ドラゴン作戦に参加されていたんですね。

一種の社会現象ですが、日本は平和な国だと思います。
by 存在する音楽 (2007-06-03 11:35) 

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